言葉は本来いらない

高等な哺乳類と同様に、微小な変化を感じる器官を人間も持っていたならば、それでコミュニケーションが成立する。よって、言葉は要らなかった。ただし、高度な発展を望むなら話は別である。なぜなら、言語によって栄えてきたのもまた事実だからだ。例えば、サルが親の行動を完全に模倣できるようになるためには、10年以上かかりる。一方、人間はもっと短い期間で習得できる。これは言語によるものだろう。このように、高度な発展さえ望まなければ、少ないエネルギーで気持ちを伝えるような社会であってもよかったのかもしれない、と感じる。